こんにちは。でるた兄さんです。
40代でキャリアチェンジを目指しながら、海外移住(お試し)を視野に入れて世界各地を旅行中。
2025年、妻と一緒にANAのSFC修行(スーパーフライヤーズカード取得のためのプレミアムポイント積算)を達成しました。
そんな2026年の2月、妻とあるトピックについてディスカッションする機会がありました。テーマは「マイル修行は、恥ずかしいのか?」です。
修行を達成した当事者として、このテーマには正直、思うことがたくさんあります。
2026年初頭、JALの修行僧が沖縄の離島路線を何度も往復し、島民が乗れなくなるという問題がニュースになりました。「修行は迷惑だ」「恥ずかしい行為だ」という批判の声も広がりました。(このようなスタイルの修行はしていませんが)SFC修行を達成した側としても複雑な気持ちでした。
今回は、SFC修行を終えた夫婦の視点から「マイル修行は本当に恥ずかしいのか?」という問いに、修行する側・批判する側両方の論点を整理しながら、今後のヒントになる考えを出したいと思います。
修行を検討中の方も、修行への批判が気になっている方も、ぜひ最後まで読んでみてください。
マイル修行が「恥ずかしい」と言われる理由を整理する

まず、なぜマイル修行が批判されるのか、その背景を整理しましょう。
宮古島路線で何が起きたのか?
修行への批判が一気に高まったきっかけは、JAL修行僧による離島路線の占拠問題でした。
JALの「FLY ONポイント(FOP)」を集中的に積算するため、1日12フライトを繰り返す修行僧が登場。問題になったのは、沖縄の離島路線での出来事です。
宮古島や多良間島などの離島路線は、島民にとっての「生活の足」です。病院への移動、急な帰省、仕事の出張……。生活の足として、飛行機を使うという考えはあまり想像しにくいかもしれませんが、離島の住民にとって飛行機は電車やバスと同じ存在なのです。私も今回、よく理解することができました。
ところが、修行僧による複数回搭乗で座席が埋まってしまい、本当に乗らなければならない島民が乗れないという事態が発生しました。
これがニュースとして報道され、マイル修行に対するネガティブなイメージが社会に広まるきっかけになりました。
「ゲーム感覚で飛行機を乗りまわす人たちが、地域住民の日常生活を侵害している」――そう受け取られたわけです。修行という行為が、ここまで大きな問題に発展するとは、SFC修行のブログを書いている私としても、さすがに耳が痛い話でした。
妻の見解:本来の趣旨から外れた行為では?
このニュースをきっかけに、(鬼嫁)夫婦で議論してみることにしました。
2025年にずっとANAに同乗しながら、SFC修行を一緒に達成した妻は、この問題についてやや批判的な立場を取ります。
妻の意見を整理するとこうなります。
「マイルって、もともと修行するものじゃないじゃん。普通に旅行や出張で使った人に提供されるステータスであって。わざわざあからさまにそれ目的で行くのはちょっと違うんじゃないかと思う」
確かに、航空会社のマイレージプログラムの本来の趣旨は、頻繁に利用する乗客への感謝・報酬として設計されたものです。出張が多い会社員が気づいたらゴールド会員になっていた、という形が「正規の使い方」だとすれば、ポイントを稼ぐことだけを目的に飛行機に乗るのは、制度の抜け穴を意図的に突く行為とも取れます。
また妻は、「修行僧は目的地に何もお金を落とさない」という点も指摘しています。
飛行機を降りたらすぐ次の搭乗口へ向かう? ご当地グルメも食べない、観光もしない、お土産も買わない。それでは地域経済への貢献はゼロ。航空会社にお金が入るだけで、訪れた先の地域には何も残らない構造じゃないかという意見。うーん、なるほど。確かにその意見はわかる・・。
世間の声:批判と肯定、両方の意見を見てみると
Web上で「マイル修行 恥ずかしい」と検索すると、さまざまな声が見つかります。
批判的な意見としてよく見られるのは次のようなものです。
- 「目的もなく飛行機に乗るなんて意味がわからない」
- 「お金の無駄遣い」
- 「普通の人から見るとちょっと異常に見える」
- 「飛行機に乗ること自体が目的ってどういうこと?」
一方で、修行を肯定する声もあります。
- 「目標達成の過程がゲームみたいで楽しい」
- 「ステータスのメリットを考えれば十分な投資」
- 「趣味の一つとして認めてほしい」
- 「航空会社が設定しているルールに従っているだけ」
どちらの意見も理解できます。修行は確かに、飛行機に全く興味のない人からすると「なぜわざわざそんなことを……」と映りやすい趣味であることは事実でしょう。
ただ、批判と肯定の両方が存在する以上、「恥ずかしいかどうか」は一概に決めつけられるものでもないと私は感じます。
SFC修行を達成した夫婦として、正直に思うこと
では、実際にSFC修行を達成した私と妻は、このテーマをどう考えているか、ちょっと整理してみます。
修行する側の気持ちは理解できる
私は、修行する人の気持ちを「まったく理解できない」とは思いません。
航空会社の上級ステータスを得られれれば、ラウンジが使えるようになる、手荷物が優先で出てくる、優先搭乗できる……。これらのメリットは本物です。
実際に私自身、SFC修行を達成した後のフライト体験は明らかに快適になりました。空港ラウンジでくつろぎながら搭乗前のひとときを過ごせること、荷物をすぐに受け取れること。一度知ったら手放せない体験です。
そのメリットを得るために「一つの目標として楽しんでいる」という感覚は、十分に理解できます。また、修行は修行者本人の行動であり、航空会社が設定したルールの範囲内の合法的な行動でもあります。制度として存在しているものを活用することを、杓子定規でダメだ!と批判するのはシンプルには難しい。
ただ、私個人として「着いてすぐ次の搭乗口へ」というスタイルは、自分にはないなと正直思っています。
私も2025年の修行の過程で、ソウルや台北、宮古島、石垣島など、さまざまな路線を往復しました。フライトは目的とはいえ、あくまで目的の一つ。そこには必ず「少し歩いてみよう」「何か食べていこう」「ホテルステイを楽しもう」という気持ちがありました(日帰りは流石に体力的にもねぇ・・)。
そのおかげで、修行の各フライトは単なる「移動記録」ではなく、旅の記憶として残っています。
夫婦の議論で生まれた「旅行の定義」
今回夫婦で議論してみましたが、議論の中で、私たち夫婦の間に一つの言語化が生まれました。
それが、「旅行とは、到着先でなにがしかの時間とお金を使って帰ってくること」という定義です。
旅行先でご飯を食べたり、お土産を買ったり、観光地を訪れたり。それが旅行の本質ではないでしょうか。
「フライト自体が目的」という人の気持ちはわかります。でも、到着後にすぐ次の搭乗口へ向かうスタイルは、私たちの「旅行」の定義とは少し違う。この定義が議論の軸となり、「どこまでが節度のある修行か」を考えやすくなりました。
これはあくまで私たち夫婦の個人的な定義であり、すべての人に押しつけるものではありません。人それぞれの考えがあると思います。ただ、こうしてそれぞれ、自分なりの旅行の基準を持つことで、修行をどう楽しむかの方針が明確になるという実感があります。
俳優・風間俊介さんの例:お金を落としながら修行するとは
ちょうどこの頃、俳優の風間俊介さんがご自身の修行スタイルをテレビで紹介しているのを見かけました。
彼の修行スタイルは、ただ乗りまわすのとは違いました。相当に弾丸要素はあるのですが、しっかりと到着後2時間ほど観光して、現地のグルメを楽しんでから次の目的地へ向かうというものでした。
これは素直に「いいな」と思いました。(私には到底できません・・)
フライトでポイントを稼ぎながらも、訪れた土地でお金を落とし、少なくともその地域に思い出も含めて、何かを残している。修行という行為の中に、旅としての本質を残しているスタイルと言えます。
すべての人がこの形で修行するのは難しいかもしれません。でも、少なくとも「目指すべき方向」の一つを示してくれた気がします。
「節度ある修行」とは何か?利他的な気持ちを持てるかどうか
最終的に、マイル修行は恥ずかしい行為なのか?という議論を経て、私たち夫婦がたどり着いた結論は「利他的な気持ち」というキーワードでした。
地域に「何かを落とす」という意識が大事
話をしていた終盤、妻がこんなことを言いました。
「リスペクトっていうか、利他的な気持ちがあればいいんじゃない。」
利他的というのは、ただ自分のポイントを貯めることだけを考えるのではなく、訪れた先の地域や人々に対して何かを提供するという意識を持つこと。
これはなにも「巨額を消費しなければならない」ということではありません。
- 現地のお店で食事する
- 空港のラーメン屋で一杯食べる
- 地元のスーパーでちょっとしたお土産を探す
それだけでも、その地域の経済に貢献することになります。
「自分がポイントを積む」と「地域に何かを残す」、この両立ができれば、修行は恥ずかしい行為ではなくなると私は考えています。ポイントばかり貯めようとせず、行った先でしっかりとお金を落として、時間を使って旅を楽しむ。そういう気持ちが大事なんだと、妻との議論を通じて改めて実感しました。
航空会社にも対策があれば・・?
一方で、この問題を修行者個人の倫理だけに帰結させることにも、少し違和感を覚えます。
妻が言っていたように、「この問題は航空会社にも責任があるのでは?」という側面は確かにあります。
離島路線のように座席数が限られた「生活路線」について、航空会社がマイル積算ルールを工夫する余地はあるはずです。例えばこういった対策が考えられます。
- 特定路線の積算上限を設ける
- 離島路線を積算対象外にする
- 一定の搭乗頻度を超えた場合、積算率を下げる
こうした仕組みを作れば、島民の生活を守りながら、修行者も楽しめる環境が整うのではないでしょうか。
修行者が「注目される」だけでなく、制度を作る側にも改善すべき点はあるのではないか。 これは正直なところ、航空会社がもっと真剣に向き合うべき課題だと感じています。マイル修行の話は、これからも適宜見直される話になると思っています。(いつか、SFC修行ができなくなったとしても・・それはそれで時代の流れですしね。そうなったとしても、寛容な気持ちで迎えようと思います)
恥ずかしくならない修行のための自分ルール
最終的に、私が個人的に「これならOKでは」と考える修行のあり方をまとめるとこうなります。
- 到着後、少しでも現地を楽しむ時間を作る
- ご飯でも、お茶でも、何かしらお金を落とす
- 離島や座席数が少ない生活路線では、できる限り修行での利用を控える
- ポイントを貯めることだけに集中しすぎない
これは「修行するな」という話ではありません。修行しながらも旅本来の楽しさを持ち込むという提案です。
SFC修行を達成した私自身、修行の各フライトで「次はここで食べてみよう」「少し時間を作って歩いてみよう」という意識を持っていました。そのおかげで、修行の記憶は単なる「フライト記録」ではなく、旅の思い出としてしっかりと残っています。
まとめ
今回は、SFC修行を達成した夫婦の視点から「マイル修行は恥ずかしいのか?」というテーマを議論しました。
「恥ずかしい」と言われる背景をまとめると、
- JALの離島路線で修行僧が座席を占拠し、島民が乗れなくなる問題が発生した
- 目的地に何もお金を落とさない修行スタイルへの批判がある
- 飛行機に興味のない人からは理解されにくい趣味である
一方で修行する側の言い分として、
- ANAの特典は本物で、達成後のメリットは確かに大きい
- 航空会社が設定したルールに従った合法的な行動である
- 目標に向かって楽しんでいるだけ
そして夫婦としての結論は、
- 趣味としてやりたい人はやればいい。ただし節度が大切
- 旅行とは「到着先でなにがしかの時間とお金を使って帰ってくること」
- 利他的な気持ちを持てるかどうかが、恥ずかしい修行かどうかの分岐点
- 航空会社も離島路線などへの制度的な対策を検討すべき
恥ずかしいかどうか?最終的に決めるのは自分です。ただ、その行動が「他の誰かの日常生活に影響を与えていないか」を少し意識するだけで、修行の質はきっと変わります。
SFC修行を検討している方や、修行について、これからどうしようかな・・と気になっている方の参考になれば幸いです。
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